2026/07/21 08:32
夏は祈りの季節でもある。
お盆や終戦の日があり、亡くなった人を悼む機会があるからかもしれない。
BUCK-TICK「ゲルニカの夜」。
1945年8月4日未明から5日にかけて行われた、前橋空襲を題材にしているという。
作詞の櫻井敦司氏が幼少時に兄と見た「時計は生きていた」という映画を見た衝撃が作詞の原点になっているという。
この映画について調べてみた。公開は1973年。櫻井さんは1966年生まれなので、公開されてすぐなら7歳の時に見たことになる。
あらすじは、戦時中の前橋市に家族と暮らす少年が、戦時下の日常を送る中、前橋空襲を体験するという話。
この空襲で、母親を亡くす。避難の途中で倒れてきた電柱の下敷きになったそうだ。
映画の主人公と、見ている自分が混ざり合い、そして幼時と現在が混ざり合う歌詞(以下引用部は太字)。
星屑搔き集めて街角の映画館へ
大好きな兄と二人さ
夜のスクリーン見つめた
お菓子が欲しかったけど
一枚のガム 半分づっこ
昔はよく学校とか公民館でやっていた子ども向けの夜の映画鑑賞会などが行われたのだろうと思う。
「半分づっこ」って何かと思ったら、群馬の方言だそうです。
突然空が狂いだす
突然僕らは消えた
離さないで 千切れちゃう
泣いたり嘘ついたりしないから
許してくださいねえ神様
何でよ 何でよ お願いだよ
この辺りで、映画の登場人物とみている自分自身が混ざるような、
現実か物語か感情的に分からなくなるような。
そんな感覚を描写しているように思えました。
歌詞の中で「君」と「僕」が出てきます。
「君」は映画の登場人物、「僕」はそれを見ている立場。
そのはずだけど。
ああ僕はもう踊れないんだ
糸の切れたマリオネット
ああ僕はもう笑えないんだ
首のとれたマリオネット
「僕」が映画の中の空襲で亡くなった人たちのように語られている。
君の身体 吹き飛んでゆく
愛する者たちを連れてゆく
僕の町が燃えているよ
愛している 愛している さようなら
これは映画の内容のことで。
爆風や爆撃で吹き飛ばされ、家族や友人などが目の前で無残に死んでいく。
ここで「僕の町」というのは故郷の空襲を題材にした話だから分かる。
僕はどうだい どうすればいい
愛だとか恋だとか歌っている
君はどうだいどう思うかい
誰かが誰かを殺すよ
多分これは成長してからの感想。
同じBUCK-TICKで櫻井さんの作詞の「神の子が殺しあう愛の園 この俺は知らん顔で夢を見る」
という歌詞がある「楽園」にもちょっと似てる。
過去の悲劇に対して自分が何をできるのか、何をすべきなのかという。
過去の戦争で亡くなった人が、その子孫にあたる現代の我々が楽しく生きることを怒ったり否定することは多分ないと思うけど…
そんな夢見て目覚めた
早く家に帰りたいよ
早くママに会いたいよ
こういう映画とかで、夢か現実か分からなくなり、早く家に帰りたい。という感覚は記憶にある。
だけど、映画の登場人物の「君」とみている「僕」が混ざった状態なら?
映画の登場人物の少年の母は亡くなっているのであって。
展示にも出品してた炎の祈りというウサギ。
夏は祈りの季節。縄文土器の火焔式土器をイメージして作ったのだけど、この時期に見るとまた違う気がする。

